7 関係を蝕む四騎士②:「侮辱」- 夫婦関係における最も有害な毒
心理学の世界では、夫婦関係の未来を予測するための様々な研究が行われています。その中でも、ワシントン大学のジョン・ゴットマン博士は、カップルの会話を観察するだけで、高い精度でその後の関係がどうなるかを予測できることを発見しました。
博士は、関係を破局へと導く特に危険なコミュニケーションのパターンを、聖書の黙示録に登場する四騎士になぞらえ、「離婚の四騎士」と名付けました。それは「批判」「侮辱」「自己弁護」「逃避」の4つです。
前回の「批判」に続き、今回はその中でも**最も破壊的で、関係にとって「毒」となる第二の騎士、「侮辱(Contempt)」**について詳しく見ていきましょう。
「侮辱」とは単なる悪口ではない
皆さんは「侮辱」と聞いて、どのような言葉を思い浮かべるでしょうか?「バカ」「アホ」といった直接的な罵倒を想像するかもしれません。しかし、ゴットマン博士が指摘する「侮辱」は、もっと巧妙で根深いものです。
博士は、侮辱を**「パートナーに対する優越感から生まれるもの」**と定義しています。これは、相手を見下し、自分の方が道徳的・知的に優位な立場にいるという姿勢の表れです。侮辱は、単なる不満の表明ではなく、相手の人格そのものに対する軽蔑や嫌悪感を伝える、極めて有害なコミュニケーションなのです。
具体的には、以下のような形で現れます。
- 皮肉や冷笑:「へぇ、あなたでもそんなことができるんだ。驚いたよ。」
- 見下したような態度:相手の話を鼻で笑う、ため息をつく。
- ものまね:相手の話し方や仕草を馬鹿にしたように真似る。
- 敵意のあるユーモア:冗談のふりをして、相手を傷つける。
- 名前を呼んで罵る
このような態度は、二人の間に存在するはずの敬意を根本から破壊します。なぜなら、侮辱的なメッセージを受け取った側は、「自分は価値のない人間だ」「この人から嫌われている」と感じ、問題解決どころではなくなってしまうからです。
〇良い例と×悪い例で見る「侮辱」
例えば、金銭感覚の違いで悩む夫婦、健太さんと由美さんのケースを見てみましょう。由美さんは車を少しぶつけてしまい、修理に出すことにしました。それに対する健太さんの反応です。
× 悪い例(侮辱)
健太:「また車をぶつけたのか。本当に君は物を大事にしないな。僕がどれだけ節約してこの車を買ったと思ってるんだ。その道徳観の欠如、どうにかならないのか?」
この発言は、単に「お金を大事にしてほしい」という要求を超えています。「道徳観の欠如」という言葉で、健太さんは由美さんの人格を断罪し、自分を道徳的に高い位置に置いています。これは明確な「侮辱」です。
〇 良い例(苦情)
健太:「車の修理代、結構かかるみたいだね。今月は出費が重なっているから、正直ちょっと痛いな。これからは、もう少し慎重に運転してもらえると助かるよ。」
こちらは、自分の気持ち(Iメッセージ)と具体的な要望を伝えており、「侮arguing」には至っていません。問題解決の余地が残されています。
「侮辱」がもたらす心身への深刻な影響
ゴットマン博士の研究で最も衝撃的な発見の一つは、「侮辱」がパートナーの心身の健康にまで直接的な影響を与えるということです。
博士の研究によると、侮辱的なコミュニケーションを日常的に受けている人は、そうでない人に比べて、風邪やインフルエンザといった感染症にかかる確率が有意に高いことが分かっています。
つまり、「侮辱」は、パートナーの心を傷つけるだけでなく、文字通り**相手の体を蝕む「毒」**なのです。
「侮辱」はなぜ生まれるのか
多くの場合、「侮辱」は突発的に生まれるものではありません。その根底には、長期間解決されずに放置された不満や、相手に対するネガティブな考えが蓄積しています。
関係の初期段階では、「苦情」として表出されていた不満が、何度も繰り返されるうちに「批判」へとエスカレートします。そして、その「批判」さえも相手に響かないと感じると、やがて「この人は何を言っても無駄だ」「なんて愚かなんだ」という軽蔑の感情が芽生え、最終的に「侮辱」という形で噴出するのです。
本書にあるピーターとシンシアの夫婦は、まさにこのパターンでした。車の洗い方という些細な意見の対立から始まった議論は、やがてピーターが「君は甘やかされている」「僕とは価値観が違う」とシンシアを侮辱するまでに発展しました。彼は議論に勝つことだけを目的とし、妻を打ち負かすことで優越感に浸ろうとしたのです。これでは、関係が修復されるはずがありません。
夫婦関係において、敬意は酸素のようなものです。それがなければ、愛情という炎は燃え続けることができません。「侮辱」は、その酸素を根こそぎ奪ってしまう、最も危険なコミュニケーションであることを、私たちは心に刻む必要があります。
自分の言葉が、愛するパートナーの心を、そして体を傷つける毒になっていないか。時々、自身のコミュニケーションを振り返ってみることが、健全な関係を維持するための第一歩となるでしょう。
更新日: 2026年1月7日

